がんが生命をおびやかす理由
がんが恐ろしい理由は、生命を維持するためのシステムを破壊するためです。私たちは、食べ物を食べ、食べたものからエネルギーを取り出し、不要となった老廃物を排泄するということを繰り返して生きています。がんは、この流れを止めてしまうのです。
たとえばがんが肝臓に転移すれば肝臓、腎臓に転移すれば腎臓の機能が落ちてしまいます。肺に転移すれば呼吸ができなくなってしまいます。このように、重要な機能を持つ臓器にがんが転移してしまうと、その臓器が機能不全に陥ってしまうのです。
がん細胞は無限に成長します。無限に成長を続けるためには、大量の栄養が必要となります。そこでがん細胞は巧妙な手段を使います。
がんは、成長のために必要になる大量の栄養をまかなうために、炎症性サイトカインという物質を出して栄養豊富な血液を呼び込もうとするのです。サイトカインとは炎症が体内で起こっているということを知らせるシグナルで、体の中に何か異物が侵入したときに戦うための大切な仕組みです。
問題は、がんがこの炎症性サイトカインを大量に放出して、体中から血液を集め、自らが増殖するための栄養にするということです。
がんが炎症性サイトカインを大量に出すと、体のさまざまなバランスが狂ってきます。サイトカインは、体内に緊急事態が起こっているということを示すアラームなので、緊急事態に対応するために優先的に血液が呼び集められます。体内のさまざまなシステムが優先的に炎症の発生している箇所に対応するのです。
がんがこの炎症性サイトカインを大量に放出するということは、体をがん細胞の成長に適した体にしてしまうということです。がん細胞は極めて自分勝手な細胞であり、宿主である患者さんの都合などは考えません。がんにかかると、がん細胞がどんどん大きくなり、逆に患者さんはやせ衰えていくというのは、このような理由によるのです。
がん細胞の3つの性質
がん細胞の特徴は、「自己増殖」「浸潤」「転移」という三つの性質を備えていることです。
一つ目の「自己増殖」ですが、一般的に細胞はある法則性のもとに成長しますが、がん細胞は無軌道に増殖します。たとえば爪の細胞であれば爪の先という一方向だけに伸び、左右でたらめな方向に伸びたりはしません。
ところががん細胞は、規則的な方向性なしにどんどん増殖を続けて広がります。たとえば骨にできたがんであれば骨を壊してしまい、胃にできたなら胃の機能を損なってしまうのです。このように、無軌道に増殖を続けるというのが、がんのひとつの特徴です。
がん細胞の二つ目の特徴は、正常な細胞であれば接触した細胞同士が互いの領域を守り、相手との間に正常な細胞を作るのに対し、がんはそのように振舞わないということにあります。
たとえば爪にがんができた例を考えてみましょう。がん細胞は爪の範囲内で留まらず、爪に隣り合った皮膚にまで増殖していきます。このように、がん細胞には周囲との境界を侵していくという性質があります。この性質を「浸潤」といいます。
がんの浸潤が進行するとどうなるのでしょう。たとえば胃がんであれば、初期は粘膜表面にできることが大部分です。がん細胞が粘膜表面にある線組織に発生した場合、そこだけに存在しているのであれば、それほど大きな問題とはなりません。
問題は、がんが粘膜表面からどんどん深部に食い込んでゆき、粘膜だけではなく筋肉の層にまで浸潤してしまうことにあります。筋肉層には血管やリンパ管などがたくさんあります。血管やリンパ管にがんが食い込んでしまうと、がん細胞はその流れに乗って体のさまざまな場所に飛んでいきます。
すると、三つ目のがん細胞の特徴である「転移」が起こります。がん細胞が別の場所に移って新たな活動の場を広げてしまうのです。
がんは転移した先でさらに着床し、再び自己増殖を繰り返しながら再びその組織を浸潤していきます。するとまた血液やリンパ液などの流れに乗って新たな場所に転移します。
このようなサイクルによって、がんは非常に重要な臓器を侵してしまい、患者さんの命を脅かすような状況を作りだしていきます。がん細胞とは、このような三つの性格を備えた細胞なのです。